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建礼門院右京大夫集 現代語訳
094 - 097 かくまでの/かたがたに/心とむな/うれしくも
春頃、宮(建礼門院)が西八条(平清盛の邸)にお出かけになったときに、非番で一般普通に参上する公卿殿上人はいうまでもないこととして、宮の御兄弟、御甥たちなどがみな当番を決めていて、2、3人は絶えずお仕えになられていたが、花の盛りで月の明るい夜を、そのまま明かすべきだろうかということで、権亮(平維盛)が朗詠し、笛を吹き、経正(平経正)が琵琶を弾き、御簾の内でも琴を掻き合わせるなど、おもしろくあそんでいると、内裏より隆房の少将が御文を持って参上したのを、そのまま呼び入れて、様々なことを尽くして、のちには昔今の物語りなどして、明け方まで眺めたが、花は散っているのも散らないのも同様に美しく、月も花とひとつにかすみあいつつ、だんだんと白んでいく山際は、いつといいながら、いいようもなくおもしろかったが、隆房が宮のお返事をいただいて出て行くのにこのまま帰すべきだろうかということで、扇の端を折って、書いてとらす。
かくまでの情(なさけ)つくさでおほかたに花と月とをたゞ見ましだに
ここまで風流の限りを尽くさないで、ただ一通りに花と月を見たとしても素晴らしいものなのに、今宵の情趣の深さはたとえようがありません。
この私の歌を少将(藤原隆房)がはらはらするほど声高く朗詠をし誦吟をして、硯を請いて、「この座にいる人々は何でもよいからみな書くように」といって、私の扇に書く。
かたがたに忘らるまじき今宵をば誰も心にとゞめておもへ
なにかれにつけ忘れられないであろう今宵のことを、誰もが心に留めて覚えていてください。
権亮(平維盛)は、「歌も詠むことができない者はどうしたらいいだろうか」と言われたのを、なお責められて、
心となむ思ひ出でそといはんだに今宵をいかゞやすく忘れん
心に留めるな、思い出すな、と言ったとしても、今宵をどうして簡単に忘れることができようか。
経正の朝臣
うれしくも今宵の友の数にいりてしのばれしのぶつまとなるべき
うれしいことに今宵の友の数に入って、のちに偲ばれたり偲んだりする機縁となるのでしょう。
と申したのを、「自分だけが特別に偲ばれるであろうと得意になっているよ」などとこの人々が笑われたので、「いつそのようなことを申しましたか」と弁解したのも、おかしかった。
メモ
西八条 平清盛の邸。
経正 平経正(たいらのつねまさ)。平清盛の甥。
隆房 藤原隆房。平清盛の娘婿。