建礼門院右京大夫集 現代語訳

239 - 241 今や夢〜山深く

女院(建礼門院)が大原にいらっしゃるとだけはお聞き申し上げていたけれど、しかるべき人に了解をなしには、お参りする方法もなかったのを、女院に思い申し上げる深い真心を道案内にして、無理やり尋ねてお参りしたところ、次第に近づくにつれて、山道の景色からまず涙が先にたって、言いようもなく、御庵室のありさまや御住まい、事柄、すべてが、目も当てられない。

昔の御様子を知らないものでさも、ここの大体の御生活を拝見すれば、どうして普通のことだと思われよう。まして、昔のことを知っている身には、夢とも現実とも言いようがない。秋深い山おろしが、近くの梢に響きあって、筧の水の音、鹿の声、虫の音、どこでも同じことであるけれど、例のない悲しさである。

錦を裁ちかさねたような美しい着物を着て、お仕えしていた人々は六十余人もいたけれど、顔を見忘れるほどに衰えた墨染めの尼姿をして、わずかに三、四人ほどがお仕えされる。その人々にも、「それにしてもまあ」とだけ、私も人も言いだした。むせぶほどの涙が溺れて、言葉も続けられない。

今や夢昔やゆめとまよはれていかにおもへどうつゝとぞなき

今が夢か、昔が夢かと迷われて、どう思ってみても、今の有様が現実とは思えないことです。

あふぎみし昔の雲のうへの月かゝるみやまのかげぞかなしき

かつて禁中で仰ぎ見た女院を、このような深い山奥で拝するのは、悲しいことです。

花の美しさや月の光にたとえても、ひととおりのたとえ方ではとても満足できなかったお姿が、別の人かと思い迷われるのに、このような御様子を見ながら、何の思い出もない都へ、それでは、どうして帰るのだろうと、疎ましくつらい。

山深くとゞめおきつるわが心やがてすむべきしるべとをなれ

女院がいらっしゃる山深くにとどめおいてきた自分の心よ、そのまま出家の縁となっておくれ。

 


メモ

「今や夢〜」は『風雅和歌集』雑下に所収。


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